れーぞん・でーとる

立教生が旅・大学生活・サブカルについて好き勝手発信していくブログだよ!

今は夢の途中、寂しくもなるね

 

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JR京都線長浜行きの電車に揺られている。

 

どこまでも広がる田園、寂れた駅のホーム。

 

数えきれないほどの景色がやって来ては過ぎ去っていく。

 

ぼくはボブ・ディランの「はげしい雨」を聴きながら、外の風景をぼんやりと眺めている。

 

 

がむしゃらに生きた1年間

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気付けば9月。休学してからまる1年が経った。

 

色々なことがあったし、たくさんの人が現れては通り過ぎていった。

 

今までの人生の中で、最も密度の濃い時間を過ごしてきたと思う。

 

この1年間はがむしゃらに、興味がある世界に足を突っ込みまくった。

 

周りの声が聞こえなくなるほどハマって、突然飽き、また新しいことを始める。その繰り返しだった。

 

そして今は、読みたい本を読んで、行きたい場所に行って、ブログで発信する。

 

そんな毎日を送っている。

 

どれが正しくて、どれが正しくないのか

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正直なにが正しいかは分からない。

 

英語を勉強し続けるべきだったのかもしれないし、プログラミングを極めるべきだったのかもしれない。あるいは、もっと知らない場所を歩き回るべきか。

 

どれも正解のように思えて、そのどれもが全くの見当違いのように思える。

 

なにを選んでもそこそこうまくやれてただろうし、いくらかの不満はあったと思う。

  

人生に明確な答えはない

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思うに、人生に模範解答はない。どこまでも自由なのだ。

 

だからこそ、なにをすべきか分からなくなって、がんじがらめになってしまう。

 

まさにフランスの哲学者・サルトルが言うところの「人間は自由の刑に処されている」だ。

 

この事実に気づくまで、ずいぶん時間がかかった。結局、人の生き方に答えなんてなかったんだ。

 

自分で自分を認めてあげる

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どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、どれだけ叫んでも、誰も答えちゃくれない。

 

自由であるがゆえ人は悩み、迷う。どこにも救いがないようにも思える。

 

でも一番大切なことはシンプル。

 

それは、自分で自分を認めてあげること。自分が「やって良かった」と思えることができたら、それが正解なんだと思う。

 

他人に「違う」と言われてたって、後ろ指を指されたって、自分だけは自分を信じてあげること、自分を認めてあげること。

 

頭を抱えて悩んだっていい。

情けないくらい失敗してもいい。

 

そうして、自分が納得のいくなにかを見つければいいんだ。焦らずに、ゆっくりと自分のペースで。

 

今の自分は笑えてるか

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誰にだって悩むときはある。ぼくにだって悩むときはある。

 

今の今まで自分のやってきたこと、これからやろうとしてることへの不安はある。

 

でもぼくがぼくを認めてあげなくて、だれが認めてくれるのだろう。

 

自分が本当に好きなことをやってるか?

自分が本気でやりたいことをやってるか?

今の自分は笑えてるか?

 

まずは心の声に耳を傾ける。

そして、受け入れていこう。受け入れて、認めてあげよう。

 

先行きの見えない不安定な世の中で、それだけが揺らぎない答えだから。

 

そしてこれが、1年間泥くさくフラフラと生きてきた先に、辿り着いた答えだから。

 

辛いこともあるし、苦しいこともあるし、淋しくなる時もあるけれど、今はまだ夢の途中。

 

これからも自分の人生を全力で生きて行きたい。